こんにちは。
ソーシャルインベストメントのふなぐちです。
さて。
前回は、本間宗久の話をしました。
江戸時代の米相場で、相場の山と谷を見ようとした男です。
本多静六は、自分の生活の中から投資の元手を作りました。
是川銀蔵は、時代の不足を見つけて、そこに大きく資金を置きました。
本間宗久は、相場の値動きと、そこに映る人間心理を見ようとしました。
では、その次に誰を取り上げるべきか。
少し考えました。
そして今回は、この人にします。
「渋沢栄一」です。
新一万円札の顔になった、あの渋沢栄一です。
あまりにも有名なので、逆に語りにくい人物でもあります。
なぜなら、渋沢栄一と言うと、だいたい「日本資本主義の父」という立派すぎる紹介で終わってしまうからです。
立派すぎる肩書きは、時に人物を遠ざけます。
なんだか銅像になった瞬間に、急に血の通った人間ではなくなる感じがあります。
でも、渋沢栄一の人生を追っていくと、この人は銅像どころか、かなり生々しく、かなり危なっかしく、そしてかなり面白い人物です。
渋沢栄一は、1840年、今の埼玉県深谷市に生まれました。
もともとは農家の出身です。
若いころから家業を手伝い、藍玉の売買にも関わっていました。
つまり、最初からお金や商売と無縁だったわけではありません。
むしろ、商売の現場にかなり近いところで育っています。
ただ、若いころの渋沢栄一は、のちの穏やかな実業家のイメージとはかなり違います。
幕末の空気に飲まれ、尊王攘夷思想に傾き、かなり過激な行動を考えていた時期もありました。
今の一万円札の顔を見ていると、まさか若いころにそんな熱量があったとは思いません。
銀行の顔になった人が、若いころは相当とがっていた。
この落差がまず面白いのです。
その後、渋沢栄一は一橋慶喜に仕えます。
一橋慶喜とは、のちの徳川慶喜です。
江戸幕府第15代将軍となり、大政奉還によって幕府の歴史に幕を引くことになる人物です。
そして、徳川昭武に随行して、1867年のパリ万国博覧会へ行き、ヨーロッパの社会や産業を見聞します。
ここが、彼の人生の大きな転換点だったと思います。
日本の中だけを見ていた青年が、ヨーロッパで近代的な社会の仕組みを見た。
銀行、株式会社、鉄道、工場、制度、資本。
そうしたものがバラバラに存在しているのではなく、一つの社会を動かす仕組みとしてつながっている。
たぶん、相当な衝撃だったはずです。
目の前の商売で儲けるとか、藩や幕府のために働くとか、そういう次元ではありません。
資本が集まり、会社が生まれ、事業が広がり、人が働き、国が変わっていく。
渋沢栄一がヨーロッパで見たのは、お金が社会を動かす巨大な水路だったのではないでしょうか。
帰国後、日本は明治になります。
渋沢栄一は大蔵省に入り、やがて官を辞して実業の世界へ進みます。
ここからが本番です。
1873年、日本で最初の商業銀行とされる第一国立銀行の設立に関わります。
銀行です。
今となっては、銀行は街にあって当たり前のものです。
ATMがあり、口座があり、振込があり、住宅ローンがあり、会社の融資があります。
でも、明治の初めには、その当たり前がまだありません。
お金を集め、必要なところへ貸し出し、事業を支え、社会の血液のように循環させる仕組みを作る必要がありました。
渋沢栄一は、その水路を作った人です。
彼がすごいのは、自分だけの会社を大きくしたのではないことです。
生涯に約500もの企業の育成に関わったと言われています。
500社です。
数字だけ見ると、もはや意味がわかりません。
一社作るだけでも大変です。
会社というものは、登記すれば終わりではありません。
人が必要で、お金が必要で、取引先が必要で、信用が必要で、仕組みが必要です。
その一つひとつに関わりながら、社会に必要な産業を次々と形にしていった。
これはもう、起業家というより、産業を生む発電所みたいな人です。
しかも、渋沢栄一が関わった分野はかなり広い。
銀行や保険のような金融の仕組みだけでなく、鉄道、海運、製紙、ガス、紡績、取引所、商工団体など、近代日本の骨組みになるような場所に次々と関わっています。
普通の人なら、一つの業界だけで手いっぱいです。
でも渋沢栄一は、業界というより、社会の未完成な部分を見ていたのでしょう。
明治の日本には、近代国家として必要な部品がまだ足りなかった。
お金を回す仕組みも、企業を育てる仕組みも、商業を支える仕組みも、産業を広げる仕組みも、まだまだこれからだった。
だから、その足りない部品を一つずつ作っていった。
そう考えると、渋沢栄一の仕事は、企業経営というより、国づくりに近い。
私のシビれポイントです。
ただし、渋沢栄一を単なる金儲けの天才として見ると、少し違います。
彼が繰り返し語ったことで有名なのが、道徳経済合一説です。
もっとわかりやすく言えば、論語と算盤です。
論語は道徳。
算盤はお金。
この二つを分けてはいけない、という考え方です。
金儲けは悪いことではない。
でも、金儲けだけになってはいけない。
道徳だけを語って、経済を軽んじてもいけない。
きれいごとだけでは会社は続きません。
しかし、利益だけを追えば社会は壊れます。
この両方を一緒に持て。
渋沢栄一は、そう言っていたわけです。
これは、今の投資にもかなり刺さります。
私たちは投資をするとき、どうしても目先のリターンに目が行きます。
株価がどれくらい上がりそうなのか、配当は十分なのか、成長性はあるのか、割安と言えるのか。
もちろん、それは大事です。
投資なのですから、利益を見ない方が変です。
でも、そこで終わると浅くなります。
その会社は何で稼いでいるのか。
誰の役に立っているのか。
社会のどんな不足を埋めているのか。
利益の取り方に無理はないのか。
長く続く商売なのか。
そして、お金を集めるだけでなく、社会の中で信用を積み上げている会社なのか。
ここまで見ると、銘柄の見え方はかなり変わります。
渋沢栄一が作ろうとした資本主義は、単に金持ちがもっと金持ちになるためのものではなかったはずです。
お金が社会の中を巡り、そのお金が事業を支え、会社が育ち、人の働く場所が生まれ、暮らしが少しずつ変わっていく。
その循環が、国全体を前へ進める。
渋沢栄一が見ていたのは、そういう資本の力だったのだと思います。
ここが、本多静六や是川銀蔵や本間宗久とは違うところです。
本多静六は、自分の収入の中から元手を作りました。
是川銀蔵は、時代の不足を見つけて大きく張りました。
本間宗久は、相場の山と谷を読みました。
渋沢栄一は、そもそもお金が社会を巡る道を作った。
これは視点の大きさが違います。
投資家として市場に参加するだけではなく、市場そのもの、会社そのもの、資本の流れそのものを作った人です。
だから、渋沢栄一の話を読むと、銘柄選びの目線が少し変わります。
どの株が上がるかだけではない。
この会社は、社会に必要なお金の流れの中にいるのか。
この会社に資本が流れることで、人の暮らしや産業は前に進むのか。
この会社は、ただ流行に乗っているだけなのか、それとも長く必要とされる仕組みになっているのか。
・・・こういう見方です。
もちろん、きれいごとだけで投資はできません。
どれだけ社会に良さそうな会社でも、株価が高すぎれば苦しみます。
どれだけ理念が立派でも、利益が出なければ株主は報われません。
逆に、短期的に利益が出ていても、信用を削りながら稼いでいる会社は、いつかどこかで無理が出ます。
だから、論語と算盤なのです。
理念だけでもダメ。
数字だけでもダメ。
この両方を見る。
これは、個人投資家にとってもかなり大事な姿勢だと思います。
相場を見ていると、どうしても短期の値動きに目が行きます。
今日の上げ下げ、材料の有無、決算の反応、チャートの形。
そうしたものに注意を払うことはもちろん大事です。
でも、ときどき視点を大きくした方がいい。
この会社は、なぜ存在しているのか。
この事業は、社会のどんな問題を解いているのか。
この企業に資本が集まることで、何が前に進むのか。
そう考えると、株価の奥にあるものが少し見えてきます。
渋沢栄一の人生は、投資とは何かをかなり大きなところから考えさせてくれます。
投資とは、安く買って高く売るだけのものではありません。
お金を、未来を作る場所へ置くことでもあります。
もちろん、その未来が本当に来るかどうかはわかりません。
だから投資にはリスクがあります。
しかし、だからこそ、どこへお金を置くのかを考える意味があります。
渋沢栄一は、自分だけが儲かればいいという人ではありませんでした。
会社を作り、産業を作り、社会公共事業にも関わり、民間外交にも力を注ぎました。
約500の企業だけでなく、約600の社会公共事業にも関わったと言われています。
この数字を見ると、もはや人生の使い方が普通ではありません。
会社を作り、銀行を作り、取引所を作り、商工団体を作り、教育や福祉にも関わり、民間外交にも関わる。
一人の人生で、そんなに詰め込めるものなのかと思います。
渋沢栄一は、お金を自分のところで止める人ではありませんでした。
お金を流す人でした。
そして、その流れが会社を生み、産業を育て、日本の近代化を押し進めた。
ここが、この人の一番大きなところだと思います。
今の私たちが投資をするとき、渋沢栄一ほど大きなことはできません。
当たり前です。
いきなり銀行を作るわけにもいきません。
500社を育てるわけにもいきません。
そんなことを言い出したら、まず家族に心配されます。
でも、考え方は使えます。
自分のお金をどこへ流すのか。
目先の人気だけで流すのか。
社会の変化を見て流すのか。
長く必要とされる会社へ流すのか。
それとも、ただ騒がれている場所へ流してしまうのか。
ここには、大きな違いがあります。
投資家は、小さな資本家です。
たとえ100株でも、たとえ投資信託の一部でも、自分のお金をどこかの企業に置いている。
それは、その企業に小さく票を入れているようなものです。
だからこそ、何となくではなく、少しだけでも考えたい。
自分のお金は、どんな未来に向かっているのか。
渋沢栄一という人物を見ていると、投資の景色が少し変わります。
ただ儲けるのではない。
ただ守るのでもない。
お金を流し、信用を育て、事業を前へ進める。
その結果として、利益も得る。
この順番です。
順番を間違えると、投資はただの欲になります。
でも、順番が整うと、投資は未来への参加になります。
少し大げさに聞こえるかもしれません。
でも、渋沢栄一の人生を見ていると、投資や資本というものは、本来それくらい大きな力を持っているのだと思えてきます。
というわけで、今日は渋沢栄一の話でした。
一万円札の顔になった男。
日本資本主義の父と呼ばれる男。
生涯に約500の企業に関わり、約600の社会公共事業にも力を注いだ男。
そして、論語と算盤という言葉で、利益と道徳を同じ場所に置こうとした男。
渋沢栄一。
銘柄を当てることも大事です。
相場の山と谷を見ることも大事です。
でも、そのさらに奥には、資本をどこへ流すのかという大きな問いがあります。
私はこういう人物を知ると、投資というものを少し広く見られる気がします。